RUN for UTMB®︎あるいは僕の、走ることについて語るときに僕の語ること。

2018年UTMB®リタイアからはじまる50代トレイルランナーの挑戦記。

1月20日(日)VibramHK100②レース

 スタートゲートをくぐり、ゆっくりと走り出す。沿道のお花に「行ってきます」と告げて、いよいよじぶんのレースが始まった。

 最初のエイドステーションまでは12km、ほぼ平坦と言えるプロフィール。舗装路から花崗岩の固い地面のアップダウンの少ないシングルトラックのトレイルに入る。前後の選手もマイペース維持の人が多くペースを乱すこと無く走ることができる。楽な走りなので風邪の影響はそれほど無いように感じるが、心拍数をみると普段より20は高い。やはり体調はごまかせないようだ。

 最初のチェックポイント(SP/12km)は1時間46分(8:42/km)。2時間が予定だったが、無理したわけではない。流に沿って楽なペースで走った結果だ。このままのペースを維持できれば十分というタイム。むしろこれ以上上げる気はない。天気も徐々によくなってきて、いつのまにか晴天になり気温もどんどん上がってきた。

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 SPを出て、ここからは山を登り砂浜の海岸に下りるというインターバルを4度繰り返す。なんだか同じところを走っているような感覚になるが風景がよいので気分よく走れている。途中多くの散策中の一般の若者たちやワンゲル少年たちに出会ったが、ナンバーカードを見て僕が日本人だとわかると「ガンバッテ」「ガンバッテクダサイ!」と応援してくれる。「ありがとう!」とこちらも日本語で返す。翻って、いま多くの中国人ランナーがUTMFなどに来ているが、僕らは彼らに「加油(ガヤョウ)」と声をかけていないような気がする。今年UTMFで必ず出会うので、同じ選手同士だが、声をかけようと思った。(ちょっと調べると香港は「ガヤョウ」だが、中国広東は「ジャョウ」っだそう。難しいな。香港の人と中国の人を分けないといけないのだな)
 気温が高く暑いが調子は良い。CP1(22km)に到着。4時間7分。予定より3分速い。ここまでジェルを1時間に1本摂取し、ボトルの水は1.5リットル摂取。海の家で選手たちがコーラを買っていた(エイドにコーラは置いていない)ので僕も思わず買って飲む。8ドル(120円くらい)。あとクラッカーをつまむ。

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 CP1を出て、やがて今年から追加されたという「牛耳石山」の上りに差し掛かる。ペースを維持しながら抑えて登る。それでも20人くらいはパスする。下山するころには前後に選手が見えなくなるくらい間が空いたので、ボリュームゾーンからかなり遅れていることがわかる。

 

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 CP2(34km)に6時間41分(14:48/km)。予定より1分遅いだけで、ここまでも予定通り。いいペースで来ている。ただ、フルーツやコーラを補給したかったが、エイドには水とスポーツドリンクしかなかった。しかたなく水を補給する。ジャムサンドを食べるが、パサパサしていて美味く感じられずエイドを発つ。

 CP3までは9kmでアップダウンも少ない。しかし気温がどんどん上がり、温度計を見ると25度。発汗量も多くなってきて、洟をかむと黄色の固形が混じる。足取りも少し重たくなってきた。区間1時間30分を予定していたが、1時間55分もかかってしまった。ここまで持参したVO2MAXBARは一本食べたが、このエイドではパスタをいただく。しかし、胃の調子も落ちてきている兆候がある。あまり食欲がすすまない。次のエイドまでは9km。この区間もアップダウンは少なく予定所要タイムは1時間半。徐々に夕暮れが近づき、気温が下がってきた。スピードも落ちてきているのでレインジャケットを着てエイドを出る。疲労感も募ってきた。

 CP4までの海岸線の単調な舗装された散歩道は、予想外に僕の体力を奪っていった。香港の選手は、真っ暗になってもヘッデンを点けない。夜目が利くのだろうか。レース後他の日本人選手と話していてもそれは感じたそうだから、僕のまわりの選手だけのことではなく香港ランナーの特徴なのかもしれない。徐々に小雨も降ってきて、気温がさらに下がる。CP4着10時間58分。予定より1時間20分遅れ。2時間21分もかかってしまった。かなり体力を消耗していることに気づいた。これはまずい。暖かいものでも腹に入れないとと思うが、食欲が無い。無理に押し込もうとすると吐き気を催す。しばらくスツールに腰掛けて休憩する。選手はまだたくさんエイドにいる。関門時間までは、まだ余裕はあるはずだが、寒さで長くとどまれないことに気づき、CP4を後にする。いよいよ次はサポートが待ってくれているCP5。何分くらい貯金を持って入れるか。

 

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 CP5までは距離は6kmで累積標高差は476m。数字だけを見ると全然たいしたことはないが、この疲労感と寒さではさらにダメージが拡大するのは明らか。とにかく無理せず歩く。歩きながら体力の回復を待つしかない。

 CP5に13時間23分で到着。関門閉鎖まであと1時間と少し。K氏とお花に迎えられる。すぐに横になりたいと尋ねるが、このエイドにそういうスペースは無いようだ。空いた芝生の斜面に寝転べると教えられてすぐに寝転ぶ。胃の具合が落ち着いて食欲が戻ってさえくれたら、なんとか復活できると思うのだ。そのためには休むしかない。あとどのくらい寝られるとお花に聞けば、30分くらいという。とにかく横になる。しかし寒い。寒いのに、思考が働いていないのでブランケットを取り出すことも思いつかない。K氏から「おかゆ食べられないですか?」と聞かれ「食べたほうがいいですよね、いただきます」と、コッフェルにおかゆをいただく。お茶漬け味のおかゆはおいしくいただけた。

 リタイアするならCP5で。CP6までは最も長い13km。町から遠いので回収しにくいと事前に聞かされていたが、まだ動けるのでダメ元でもCP6は目指したい。いまの体調のままでは、到底関門時間にたどり着けないと思うが、余力を残してリタイアしたくないというのが本音だ。もちろん最悪な状況になってはいけない。特にこの区間は山深く、途中で動けなくなると命に関わる。それでも過去の経験から、いまの状態なら行けると判断して、苦しいのは覚悟して関門閉鎖5分前にじぶんを鼓舞してエイドアウト。午後10時25分。ここから予定では4時間30分だったが、復調がない限り次で関門アウトは間違い無い。最後まで諦めずに前を目指そう。

 3つの山を登り880m獲得するこのセクションはいまの体調にはやはりこたえた。胃が締め付けられて、何度も嘔吐が襲ってくる。胃には何も入っていないので、何も出てこない。ここまで酷いのは久しぶりだ。2015年の上州武尊山以来か。特に下りは胃にダメージを与えないように静かに足を下ろす。はるか後方に小さなヘッデンの明かりを見せていたランナーがやがて後ろから近づいてきて抜かれるということを何度も繰り返す。もはや上りの足取りは、足腰の弱い高齢者の歩みである。でも、しんどいとか辛いとかはは感情レベルでは不思議とじぶんのなかでは起こらない。

 じぶんの身体と心は異なる人格を持っていて、身体は「もうやめろ、ちょっと寝転ばせてくれ」とさっきから何度も懇願するのだが、心は「いやまあ、まだだろ。もう少しがまんしろよ」となだめている。広い稜線に出る。心が「ほら見ろ。夜景がこんなにきれいだぜ。こんなシチュエーションって、普通じゃ味わえないぜ、写真に撮れよ」と言うのに、身体が「あほ言うな。iPhone出す力があったら足を動かすわ」と言い返し、心が「ちぇっ、もったない。ああ、それにしても夜風が気持ちいいではないか相棒よ」と答える。ついにベンチがある広場に出て、身体が「もうだめだ、ここでしばらく休む」と倒れ込む。それでも心は「しかたないな。まだ眠たくないんやけどな」と同意する。そうこうしているとスイーパー・チームがやってきて「Are you OK?」と心配してくれた。心強いが弱々しく「OK」と答えて先へ進む。スイーパーが「Next Aid Station  20minute」と告げてくれる。僕はふと、あと20分なんや。日本ならあと何キロって言ってくれるけどと思う。「10minute」の声を聞き、ほんとにそのくらいでCP6にボロボロになって着いた。午前3時半を回っていた。スイーパーにお礼を言おうと思って振り替えったら、もういなかった。「ああ、これでやっと終えられる」身体の僕が安堵した。「風邪ひいていたし、今回はしかたないな」と心の僕が締めた。僕はとにかくまあ、これ以上は先に進むのは無理だし、出し切ったし楽しめたのでこれで十分満足できた。

 そしてCP6には、ありがたいことにストーブを備えたウオーミングテントがあった。テントの中を覗くと、先着の選手たちが地面に敷いた毛布の上に、エマージェンシーシートにくるまって寝転んでいた。僕もスペースをみつけて寝転ぶ。やがてスタッフの人がリタイア申告を取りに来て、しばらくすると回収バスが来ると言う。おやラッキー。ここからどうなるのかと思っていたので、これで路頭に迷うことはなくなった。

 VibramHK100K 2019の僕のレースはこうしてCP6(70km)で幕を閉じた。